日々診療をしていますと、世間の思い込みというのはすごいな、と思う場面がいくつかあります。今回は椎間板ヘルニアという魔物の話をしてみたいと思います。
30代の男性。前医でMRIを撮ってヘルニアがあるといわれたといいます。他の整形外科で薬、注射、リハビリに通っているがよくならないとのことで来院されました。レントゲン検査を行ったところ、確かにヘルニアを示唆する所見を認めるものの、診察上は筋肉の慢性炎症。仕事はデスクワークで運動は全くしない。体重はここ数か月で増え気味だといいます。そこで私は、ヘルニアはあるけれども、それがいま、悪さをしている感じはなく、今の症状は運動不足による慢性の筋肉痛がメインです、と説明します。
すると「いや、先生。前の医院ではヘルニアが原因だといわれたんですよ。治療受けていれば治るだろうといわれていたのに、治らないから信じられなくなってこっちにきたんです。通勤で割と歩くし、週末は自転車に乗ったりもするから全く運動してないわけでもないし。筋肉痛といわれても自分としては納得ができない。」と言われます。
この患者さんの頭の中では、前医の「ヘルニア」という言葉だけが鮮烈に残り、それが諸悪の根源と思い込んでいるのです。それ以外の点では前医の治療を否定し、当院にきても私の説明を否定。ヘルニアを治さないと腰痛は取れないと考えている。患者さんの頭のなかに「ヘルニア」という魔物が住みついてしまっているのです。もちろんこれにはそのあたりの説明をちゃんとしていない前医の先生にも責任はあるのですが。。。
椎間板というのは、腰の椎体という骨と骨の間にある軟骨様の組織であり、背骨の動きを担い、クッションの役割も果たしています。これが加齢や外傷などにより傷んできてしまうと、中身がつぶれて周りにはみ出してきてしまう。このはみ出した状態を「ヘルニア」といいます。こうなると当然腰の痛みも出るのですが、これが腰の骨の並んでいる中を通っている脊髄、馬尾神経を押さえてしまうと神経に炎症が起こり、その神経の行っている下肢に痛みやしびれ、脱力が生じるといった、坐骨神経痛の症状もでてきます。こう書けば、やっぱりヘルニアは怖いなあ、となるわけです。
しかしここで大事なポイントがあるのです。それは「炎症」がおきているのかどうか、ということです。前にも書いた通り、歳を取れば多かれ少なかれたいていの人にはヘルニアはでてきます。おそらく4,50歳にもなれば7,8割くらいの人にはヘルニアができているものと思われます。でもみんな痛がっているかというとそうではない。ヘルニアの痛みを経験した人でも、手術せずに治っている人はいますよね。それはヘルニアがなくなったのではなく(まれになくなる場合もありますが)、ヘルニアの周りの「炎症」が治っているのです。ですからヘルニアがあるかないかをとやかくいってもそれは不毛なことで、大事なことは、ヘルニアがあってもそれが悪さをしているかどうかを見極めることなのです。悪さをしていなければ、ヘルニアなんてものは放っておいてもいいのです。
ではどういう症状ならばヘルニアが悪さをしている、と考えるのか。
1.腰のみならず、下肢にまで放散する痛み、しびれがある。
2.膝や足に力が入りにくい。膝折れでこけそうになる。よく段差やものに躓く。
3.尿や便通の調子が悪くなる。
こういった症状がでてくるならば、ヘルニアが悪さをしている可能性があります。ヘルニアが悪さをしている症状があって、神経を圧迫している度合いが強ければ、それは手術の適応となる場合もあります。単なる腰の痛み、お尻の痛みはヘルニア以外の原因でも多々起きる症状なのです。
ではヘルニアが悪さをしておらず、ヘルニアからくる腰痛も含めた慢性の腰痛に対して、どのような治療が効果的なのでしょうか。当面の痛みをとる手段としてはやはり、消炎鎮痛剤の服用、外用剤、牽引や低周波、温熱治療といった理学療法になりますが、一番効果があって再発予防になるのは運動です。腰の周りの筋肉を鍛える、そしてストレッチをすることで柔軟性を獲得することが最も効果的だといわれています。ただこれもやり方、運動量によってはかえって悪影響をもたらす場合もあり、個々の患者さんの症状、状況によって内容は変わってきます。そういうときに活躍してくれるのが、理学療法士、作業療法士といった、医師の指示の下で運動療法を行ってくれるスタッフです。当院にも頼れるスタッフがおりますので、どうすればいいのかわからないという方は相談していただければと思います。